三重県鳥羽市相差町、

2019年08月01日


日本海岸、湖に戻る
日本の海岸、湖』 あえて観光したい所ではないが、余った時間を観光に廻す。
三重県観光連盟公式サイトから
  菅崎園地は太平洋と的矢湾に面しており、目の前には安乗崎を見ることができる絶景
スポットです。 常永久の鐘があり、こ鐘を鳴らしたカップルは、名前の通り永遠に愛が
続くといわれています。
伊勢志摩の海岸
  昨日、今日は大した海岸線を見れなかったが、伊勢志摩の海岸には絶景ポイントが沢山ある。若い時、大王崎で素潜りを楽しんだことがあるが、少し先に海女さんが沢山潜っており、真っ向勝負では無いが、どちらが長く潜れるか試してみると、大体の海女さんが1分程で上がってくるので、プロに負けていないと自負した時があった。 タコを使ってイセエビを採る方法を知ったのもこの頃であった。
'19年度の伊勢志摩観光旅行
     07/31      07/31          08/01          08/01       08/01
  鯨崎遊歩道民宿 → 管崎園地,鎧崎灯台 → 弁天崎伊賀上野城
                                              中止
菅崎園地、鎧崎
 昨夜は民宿の超豪華海鮮料理にて小さな宴会を来ない、翌日の朝食は8時からだった。
いつもの様に朝の4時には目が覚めてしまい、朝食までの時間を周辺の観光で時間を潰すことにした。 海が見える岬ならどこでも良かったが、朝食に間に合う近くの岬とする。
すげさきえんち、よろいざき
Road MapR167の松尾北地区から県道47号線を南進し、相差町に入る。
Route Map:狭い道路であるが、管崎園地の駐車場まで来るまで入ることが出来る。

林道の様な荒れた狭い道であるが、車で管崎園地にまで行くことが出来た。
石碑の文字は読み難かったが「春雨殉難記念碑」と
書いてあるらしい。
”春雨展望台”からは的矢湾が一望でき、夕日のきれいなスポットとしても人気があるらしい。 展望台には「とことわの鐘」が設置されており、ネットによると、
この鐘を鳴らしたカップルは とことわ(常永久)に愛が続くと言われているとか。なのでこの2人は鐘を鳴らさなかった。
〔 菅崎園地 〕
〔 鎧 崎 〕
Road Map県道750号線沿いの国崎町から鎧崎灯台に向けて車を走らせる。
Route Map:海岸沿いに灯台下に行けるのであったが、民家の中に車を停めて歩いた。
  ”管崎園地”だけではまだまだ時間が余り、更に2つ程の岬を巡ることにした。
”鎧崎”には行くことが出来たが ”弁天崎”には辿り着けなかった。
三重県観光連盟公式サイトから
  江戸時代の船乗りたちに「伊勢の神崎、国崎の鎧、波切の大王なけりゃよい」と恐れられたように、暗礁が多く潮の流れが速い荒々しい岬、鎧崎の先端に「鎧崎灯台」がある。この灯台から眺める海はまさに壮大そのもので、岩礁と荒波は力強くも美しく、見るものを圧倒する。
残念ながら夕日ではなく、朝日を見ることになった。
”的矢湾”を挟んで対岸を見るが、朝もやで見通しが悪かった。
”弁天崎”の灯台にも行って見たかったが、今日は見送る。
海岸沿いの道は漁業関係者の車が走り回っていたので、
民家の通りに入ってしまった。
車では通り抜けられない民家の間を歩いて、遊歩道の入口に着く。
”山の神”には神社があるだけで展望は得られなかった。
岬の真ん中を通っていた樹林の濃い遊歩道。 これは灯台の管理道路かも知れない。
樹林帯の遊歩道を抜けると一気に展望が開ける。
小振りであるが綺麗な ”鎧崎灯台”が立っていた。
これを展望台に利用させて貰えれば最高だったのだが。
”管崎園地”で見た朝日よりかは随分と陽が昇ってしまったが、朝かすみの影響で日の出感は残っていた。
”鎧崎”の先端は好磯釣り場らしく、沢山の漁船が集まっていた。
”潜ったらサザエが採れそう!”はいつも潜りの出来ない奴が言う。
潮目が見えているので、ここは好漁場になっている様だった。
遊歩道入口に戻り、海岸の岩場を見てみる。
若い時にはためらわずに潜っていただろうが、もうそんな歳ではない。
”管崎園地”は広々とした所に何やらの記念碑が多く立っていた。
この石碑は明治44年11月にこの沖合いで座礁した駆逐艦「春雨」の犠牲者を悼むものらしい。
”春雨展望台”からの眼下の展望は大したものが無く、特筆出来るものではなかった。
樹林帯の中の遊歩道を歩き始めると大きな石碑が出て来た。
倭姫の命が国崎の地を訪れたとする巡行記念碑らしいが、バカみたい。
”倭姫命巡行舊碑”
(やまとひめのみことじゅんこうきゅうひ)