京都府宮津市文珠
(中学3年生15歳)
1964年10月24日〜25日
『日本の海岸、湖』 西宮から宮津までの往復280kmを不眠で走り切った。
天橋立(天橋立観光協会のガイドの公式HPから抜粋)
京都府北部、日本海の宮津湾にある『天橋立』は、陸奥の『松島』・安芸の『宮島』とともに、日本三景の一つ。 幅は約20〜170m・全長約3.6kmの砂州に約5000本もの松が
生い茂る珍しい地形で、何千年もの歳月をかけて自然がつくりだした神秘の造形です。
天橋立を楽しむには展望所からの眺めはもちろん、天橋立の中を歩いたり、自転車や船に乗ったり、海水浴場で泳いだりと自然を感じていただける楽しみ方も人気です。
天橋立は、日本百選に多数選ばれています。
自転車で日本縦断不眠往復
都会っ子なので日本の国道は全て舗装されていると思っていたのが大誤算であった。
現実には福知山から先は舗装途中の地道だったので、これによる体力消耗が大きかった。
不眠で走り続けたので、帰宅直前のR171(西国街道)辺りでは自転車で走りながら居眠
り運転をしてしまったことであり、トラックに抜かれて目が覚めるの繰り返しであった。
帰宅した時には0時を回ってしまい、夜食を食べながら箸を持ったまま、寝てしまった。
結果的には0泊3日のサイクリングとなったが、学校には行くことが出来た。
天橋立サイクリング
幾ばくかの写真と記憶が残っているので天橋立までサイクリングで往復したのは確かであるが、その当時には記録を残すと言うことをしていなかったので詳細が判らない。
西宮から宮津の天橋立へは大阪湾から宮津湾への日本縦断となり、それの往復となると中学3年生の体力でなし得るのかが心配ではあったが、前日の夜に西宮を出発している。
誤算だったのが福知山市から先の国道が舗装されていない地道であり、この国道に舗装準備のごろた石が引かれており、競輪用の細いサドルでお尻をいじめられた。
一晩中、走り続けて夜明け後に天橋立に着いたと記憶しているが、定かではない。
あまのはしだてサイクリング
Road Map :要所〃の記憶から添付地図の青色道路を走ったと思われる。
Route Map:天橋立展望台へモノレールカーで上り、天橋立を展望して帰路に着く。
出発時間、到着時間、帰宅時間の全ての記録は残っていない。
往復30時間以上掛かったのは記憶している。
走行コースが青色で正しいとすると片道140km、往復で280kmとなる。
10月の早朝は寒かったと記憶している。
前夜の8時に西宮を出発し、夜が明けてから ”天橋立”に着いた。
外灯も少ない時代に140kmの道を良くぞ走り切ったものだ。
現在のモノレールカーの始発時刻は9時00分なので、始発に乗ったと思われる。
天橋立展望台、現ビューランドにて記念撮影をする。この2枚の写真は疑似カラー化していない。
バカな計画に付き合ってくれた
小学5年生からの同級生。
展望台から見た ”天橋立” 劣化した白黒写真をパソコンでカラー化したので、綺麗な色は出なかった。
あくる日は学校なので、観光もそこそこに帰路に着く。
水の綺麗な日本海。
栗田湾の展望の良い所で休憩する。
栗田湾を通ったことは記憶に残っていた。
我が愛車は長距離サイクリングにば不向きなプロの競輪選手
から貰った競輪用自転車であり、変速機は付いていない。
フレームはクロモリ鋼で車重は脅威の6kg。 踏切車なので、走っている間は常にペダルを扱いでおく必要がある。 スプロケ比は48T/13Tだったと記憶している。
サドルはコッペパンと呼ばれていた競輪用の極細だったので、地道では堪えた。