(高校1年生16歳)
1965年07月24日〜08月16日 24日間
Road Map :まずは西宮を出発して九州の門司まで走る。
Route Map:九州1周のエントリーに5日間のサイクリングが必要だった。
『自転車旅行』 高校1年生の夏休みを利用して九州1周のサイクリングを行った。
1965年07月24日〜7月28日 西宮出発から九州上陸 門司まで
兼ねてから高校1年生の夏休みに九州1周のサイクリングに行きたいと計画していた。
体力は毎日の自転車通学で付いているつもりであり、資金は兄弟、友人にカンパをお願いして、16,900円が集まった。 一人では寂しいので同行者を募ったが、長期間なので誰も賛同してくれなかった。
しかし、同級生の一人が立候補してくれた。
これまで日記、旅行記は書いたことは無かったが、今回の旅行から詳細な旅行日記を書くことになり、こと細かな行動まで日記に残すことになり、歳を取ってからも大いに参考になった。
当時、カラーフィルムは高価で買えなかったので、白黒フィルムとしたが、不完全ではあるが、大半の写真をパソコン処理で疑似カラー化してHPに掲載することにした。
何とか九州上陸が出来たが・・・
目的は九州1周サイクリングであるが、九州に上陸する6日間のサイクリングは
過酷であった。 相棒が精神的に参ってしまったのは判る気がするが、言い出しっぺ
まで精神的やられる訳に行かず、ここからの九州1周を頑張るしかなかった。
九州1周サイクリング (その1)
きゅうしゅう1しゅうサイクリング
中学3年生の天橋立へは競輪用の1段踏切りの自転車で往復したが、
高校入学後には通学用の6段ギヤのサイクリング車を買って貰っていた。
このサイクリング車にテント、自炊道具、食料、素潜り道具を
積み込むと相当な重量になっていたと思われる。
姫路城公園で一休みする。
7月24日、相棒と西宮を6時半に出発。 当時、完成したばかりの明石バイパス(現第二神明道路)に入ると山沿いの道で坂道ばかりなので相当体力を消耗した。
姫路城を撮る。
アルバムの白黒写真をスキャニングした物なので画質は極めて悪い。
道路地図を広げる相棒。 スマホもカーナビも考えられない時代である。
小雨が降って来たので、備前市の ”伊里中学校”に軒下を貸してくれと嘆願する。最初は断られたが、ねばると教室を貸してくれることになった。
1泊目は中学校の教室となる。 コッヘルで飯を炊いて、途中で買った
おかずで夕飯とする。 腹が減っていたので何を食べても美味かった。
心配性のお袋へサイクリングの無事を知らせるハガキを書いてシュラフで寝る。
7月25日 2日目、岡山〜尾道向島
岡山の ”後楽園”に立ち寄る。 ”後楽園”には行ったことが無いと記憶していたので、昨年 2020年9月に岡山城と共に ”後楽園”に行ったのだが、何十年も前に行っていたのだった。
”伊里中学校”の宿直員にお礼を言って、2日目の出発とする。
昨年(1964年)に広島へのサイクリング時に停めて頂いた工場に昨年のお礼を伝えに行くと、「よく来たなー!」と歓待して頂き、昼飯とスイカを御馳走して頂いた。手ぶらでお礼を伝えにいったのが申し訳なかった。
”後楽園”で東京からのサイクリストと知合い、牛乳を奢って貰った。
その後、彼と一緒にサイクリングするが、余りにも彼がチンタラ走りなので、
その内、離れてしまった。
尾道からフェリーに乗り、向島に渡り、干汐海水浴場で宿泊する。
7月26日 3日目、尾道向島〜宮島
フェリーの出航時間に合せて出発準備をする。
早朝の向島、干汐海水浴場の景観を見る。 夜中は随分とやぶ蚊に刺された。
朝食を作って食べていると、海水浴場の管理人がやって来て、ここは有料だから
料金を払えと言って来た。 確かに有料の看板が立っていた。
学生だから金がないと嘆願して無料にして貰った。
相棒は自転車の荷物を降ろして、カメラを取りに戻っている間、
自転車の整備をしておく。
峠道のてっぺんにある ”刀万里トンネル”までの長い登りでバテてしまう。
ここで先程休憩した駄菓子屋に相棒がカメラを置き忘れたことを
思い出し取りに引き返して行った。
カメラを見付けた相棒は疾走して戻って来た。 ヤレヤレである。
相棒がカメラを取りに戻っている間はラジオを聞きながらゆっくり休憩させて頂く。
軽い交通事故を起こしてしまう
快適に峠からの下りを飛ばしていると、横から乗用車が飛び出して来て、それを避けようとセンターラインを
越えてしまった時に対向のスーパーカブと接触し転倒してしまった。 幸いケガはしなくて済んだが、 スーパー
カブの親父が「御前の交通違反だ!」と騒ぎ出し、警察沙汰になりそうになったが、事情を説明してなだめる
ことが出来た。 日記帳に書いてあった忘れていたハプニングである。
広島市内に入り、広島平和公園に行くが、”原爆ドーム”も3度目なので、
軽く見て ”宮島”に急ぐ。 写真は絵葉書から転載する。
船に乗っている間は休憩時間となり、ゆっくり出来るが、時間が短すぎた。
宮島口まで一気に走り、連絡船に乗って ”宮島”渡る。
宮島口からたった10分程で ”宮島”に上陸する。 昨年も自転車で ”宮島”まで
来ているのでインパクトは薄かった。 写真は絵葉書から転載しています。
テント泊をすべく ”包ヶ浦キャンプ場に行くが、人が多く、ガラが悪そうなので、
神社近くに戻り、テントを張り自炊する。
7月27日 4日目、宮島〜象鼻ヶ岬
洗濯ものが渇く間、宮島の海で子供達と泳いでみた。
昨年は ”大鳥居”の下でアサリを沢山採っている。
早朝に起きて、これまで着ていたものを洗濯する。
ゆっくりしたいが、連絡船で観光客が押し寄せる前に ”宮島”を脱出したい。
早朝でも ”宮島”での宿泊客が散歩をしていた。
”室積”の海岸に犬を散歩させていた地元のおねえさんが居て、付近の観光名所を訪ねると
”象鼻ヶ岬”を紹介してくれた。 西宮を知っているとのことで話しが弾み、家に来てお茶でも
飲みなさい。 と自宅に招いて頂き、カルピスとクッキーを御馳走して貰った。
別れ際にはトマトと玉子を頂いたが、おねえさんのお名前は ”玉子”さんだった。
不覚にも住所を聞くのを忘れてしまった。
この後、紹介頂いた ”象鼻ヶ岬”に行き、キャンプをする。
”錦帯橋”を見学してから、綺麗な海岸線が続く国道188号線を走り、”室積”で休憩する。
”室積”の海岸には遠浅部があり、地元民が何か採集している様であった。
7月28日 5日目、象鼻ヶ岬〜厚狭
7月29日 6日目、厚狭〜門司
昨夜は玉子さんに紹介して頂いた ”象鼻ヶ岬”にテントを張ってキャンプした。
夜中にはやぶ蚊に襲われて熟睡することが出来なかった。 蚊取り線香は必要である。
不風光明媚な ”象鼻ヶ早岬”であったが、風景の写真を殆ど撮ってなかった。
体力維持の為にも朝食はきっちりと摂っておく。
予想外の事態に!
相棒が九州1周を止めたい! と言い出した。 体力の問題では無く、どうも精神的に疲れて、
いわゆるホームシックになった様である。 九州には上陸したいので、関門トンネルを抜けて
から電車で帰りたいの希望を出して来た。 無理やり同行願うのもお互いに辛そうなので、
帰宅を了承する。 九州からは一人旅になってしまうが、頑張るしか無いだろう。
明日は相棒とお別れになってしまうので、今日は厚狭町の素泊まり400円の旅館に
泊り、久し振りのお風呂に入ってゆっくりする。 ここまで付き合って貰って有難うと言うしかなかった。
下関に到着して関門トンネルの入口に向かうが、自動車専用道路で
あることが判り、恥ずかしながら人道の関門トンネルに戻って来る。
エレベータで狭いトンネルに入り、九州側の門司に渡る。
厚狭から門司まではまだまだ距離があり、途中で観光しながら
関門トンネルに向かう。
関門トンネルを抜けて相棒とお別れになる。 彼は鉄道で帰路に付いて
おいらは、ここから九州1周のサイクリングが始まる。
九州までの6日間のアプローチが長過ぎたのか、
敵がホームシックとは予想出来なかった。
7月24日に西宮を出発、7月28日に九州上陸までをメモしした地図。
”宮島”の絵ハガキ