石垣島、西表島

2013年03月14日〜18日


関西、その他の山に戻る

沖縄県石垣市
懐かしいの八重山諸島
 過去に石垣島には2回、西表島には1回行っているが、山には興味がなくダイビングを楽しんだ。
石垣島初上陸は46年前(1967年7月)神戸港から各島停船の貨客船で出発、那覇を経由して8月1日に
石垣島に着く。 あく日には西表島へ渡り、その頃は日本の秘境と言われていた西表島探検を始め、
西表島に都合11日間滞在。 足のケガが化膿して病院のある石垣島に戻り、八重山病院で手術をして
貰う。 その時、通院で平得公民館を借りたのだが、そこの管理人が田底さんで、その隣りの稲福さん
に1週間、色々世話をして貰った。 2回目の石垣島は100%ダイビングで39年前(1974年4月)に歳を
誤魔化してスカイメートで石垣島へ再度上陸、その時に田底さん家をお礼に訪ねると民宿をしていた
が、昔馴染みと言うことで無料で泊めて頂いた。
Road Map :神戸空港から那覇空港を経由して新石垣空港へ。
思い出の石垣島,西表島』   懐かしの人、懐かしの地を訪ねる。
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新石垣空港 於茂登岳 カラ岳 野底岳 屋良部岳 御神崎 川平湾 古見岳 島内観光 神戸空港
2013年03年14日 神戸空港から那覇空港へ、那覇空港で中型機に乗り換えて石垣空港に上陸。
2013年03年14日 お世話になった方に会いに行く
2013年03年15日 スキューバを背負って生まれて初めてナイトダイビングをした御神崎を訪れる。
2013年03年15日 3度目の川平湾を観光する。
2013年03年16日 西表島に渡り、西表島の最高峰である ”古見岳”(469m)に登る。
2013年03年15日 バンナ岳と公園展望台を観光する。
2013年03年16日 西表島では ”古見岳”に登り、その日の内に石垣島に引き返す。
2013年03年17日 レンタカーで石垣島観光をするが、ガソリン代が高いので、北端までは行かなかった。
神戸空港発 13:35 → 那覇空港発 16:10 → 新石垣空港着 17:15  乗継旅割  往復41,200円
Jネットレンタカー ニッサンマーチ5日間 15,325円
那覇空港で 中型機に乗換えて新石垣空港へ。 乗ったのはANA機であるが、写真はJAL機、新石垣空港の北の端にはカラ岳(136m)と直ぐに判る山が見えた。 ロビーを出るとレンタカー屋さんが迎えに来ており、事務所に行って5日間借りる手続きをする。 その足で石垣島市街に出て、スーパーで食料品の買い物する。
神戸空港発 13:15のゆっくり便にて那覇空港へ。 乗継でゆっくり
出来ると思っていたが、直ぐに石垣島行きへの便に乗れとアナウンス
があり、バタバタと搭乗機を変更するが、那覇空港は混雑しており
多くの便がフライト待ちで渋滞していた。
当時は倉庫の様な空家であったが、建替え後は公民館として
機能している様だ。 次に当時の管理人だった田底さんを探すが、
表札があったので直ぐに判った。
スーパーで買い物をしてから昔、1週間程お借りした平得の公民館を
探すが、見付からない。 地元の人に何度か聞いて、やっと見付けたが、
風貌がまったく変わっており、3年前に立て替えたとか。
46年前(1967年)当時の平得公民館。 八重山病院へ通院の為にここを
1週間程、無償で貸して頂いた。 生活臭のする洗濯ものは我々の物。
46年前の田底家の門柱。 俺が会ったのはこの爺さんだろうか?
ならば御歳は80歳を軽く越えているのでは? 俺達の世話をしてくれ
た奥さんに会いたかったが、移住しているなら諦めよう。
公民館直ぐ横の田底さん宅は表札があり直ぐに判ったが門はがっちり
施錠してあり、中に入るのは躊躇した。 2日後、再度訪れた時には
門が半開きになっており、挨拶に玄関に入っると、爺さんが一人が
寝込んでいた。 話しをするが、耳が殆んど聞こえないらしく話しに
ならなかったが、奥さんは沖縄本島に済んでいるらしい。
爺さんは俺の事をまったく覚えていなかった。
”御神崎”を訪れたのは2回目であるが、この景色を見るのは初めて。
石垣島を2回目(1974年)に訪れた時には社内クラブでスキューバ講習を終えており、
ライセンスは貰っていなかったが、石垣市街でタンクを借りて、真っ暗の中、
この左側からエントリーした。 昼間の ”御神崎”は今日初めて見ることになる。
3/15に来て見て曇り空だったので、写真は3/17に再訪した時のものを使っている。
当時、真っ暗な夜に10kgのタンクと5kgのウエイトベルトを持って良くぞ、この崖を下りたものだと関心してしまう。 最近では安全の為、絶対御法度なシングルで、しかも深度計、バランシングベスト無しで
潜った。 当時、灯台が無かったので相棒に懐中電灯を点滅させて貰い、
エントリー地点が判る様にして貰った。
初めて川平湾に来た時は8月の炎天下、コバルトブルーが広がる海に観光客は居らず、
日本にはこれ以上の綺麗な海はないと思ったものだったが、3回目の今日見る川平湾は
天気の悪さもあるだろうが、観光化が進みグラスボートが一杯に増えているので
嫌気が差した。 ただ、駐車場が無料だったのは嬉しかった。
人の顔を見るとボートに乗らないかと勧誘に来る。
これ全てが観光用ボート。
当時、山登りには興味が無く、海に潜ることしか考えていなかったが改めて
写真を見てみると、今日登った ”野底岳”の独特の山容が見えていた。
46年前の川平湾には観光客も観光ボートもなく、自然の川平湾の
美しさが見て取れた。 当時はこの海で泳ぐな!の注意書きもな
かったが、足を手術した後なので泳ぐことが出来なかった。
ここで食べたカキ氷が最高に美味かったのを記憶している。
バンナ岳手前の展望台には観光バス、観光タクシーも
寄って行く石垣島観光地巡りの一端になっていた。
今日、4山登って、島内観光もしたので、後は寝床を探すだけである。
石垣市街に素泊まり千円代の民宿があるが、駐車料金の方が高そうな
ので、バンナ公園を今日のお宿にする。 序でにバンナ岳に登ってみた。
周辺にブーゲンビリアとハイビスカスが満開であったが、
お花の写真は控えておく。
展望台からは石垣市街が一望出来、於茂登岳、竹富島、西表島もバッチリ見ることが
出来た。 とは言っても黄砂の季節なので見通しとしてはバッチリではなかった。
せっかく山歩きで石垣島に来たのだからとバンナ岳に向うが、
電波搭管理道にはゲートがあった。 今日は何やら工事をしている様で、ゲートが開いており中に関係者が居たが入って山頂まで行って見る。
山頂表示はバンナ岳では無く”木川山”となっていた。 写真だけ
撮って直ぐに脱出する。 自慢にはならないが ”バンナ岳”山頂に
立った人は少ないと思う。
これが ”バンナ岳”(230m)? 山全体をバンナ岳と
称している様で、ピークへの案内は一切無かった。
バンナ公園は車の往来が激しいので、石垣天文台に行く途中にある
”公園展望台”に移動して、ここを今日の寝床とした。
しばし、西表島に沈む夕陽を眺める。 明日にはあの島でゼイゼイ、
ハアハアと言っているのだろう。 流石は南国、3月半ばなのに
シュラフ要らずで睡眠出来たが、朝方は寒かった。
7時40分に大原港に着く。
なにこれ! 想像以上の変わり様だ。
この立派な桟橋はなに? 昔は木造手作りの桟橋が
あっただけなのに・・・
運ぶのは人だけでは無い。 生活物資がメインで時には
ブタ、ウシも運ぶらしい。 それでも日本の秘境、西表島に
渡れる嬉しさは今回の数十倍はあった。
46年前の石垣港。 今はビルだらけであるが、当時はビルが殆んど無かった。これが西表島への連絡船。 大原までは3時間30分掛かった。
1時間のバス待ちの間、大原集落内を散策するが、もはや集落では
なく、一通りなんでもある町になっていた。 9時発の始発路線バスに
乗るが、運転手に違う場所に降ろされるハプニングあり、
まぁ最終便に間に合わなくても西表島に宿泊すれば済むことだ。
大原の待合所はこれでもかと言う程、立派な建屋になっていた。
そして駐車場には大型観光バスは6台待機していた。 一大観光地に
なってしまっているのだ。 ここで驚愕の事実を知る。 船を下りると
路線バスが待っていると思っていたが、始発は9時00分となっている。
これで果たして古見岳に登って石垣島への最終便に間に合うのか?
駐車場は満車に近かったが空き部屋はあった。 ここに泊まっている
人はほとんどが作業員で長期滞在者の様だ。 醤油、調味料をマイキー
プしていてアパートと変わらない状態。 宿泊者用冷凍庫も用意されて
おり、何より凄いのがクーラの使用は夜間無料だった。
(昼間は千円/3時間とクソ高い!)
”古見岳”登頂後、何とか石垣島に戻り、今日はたっぷり汗を
掻いたので、お風呂に入りたく民宿で泊まることにする。
島内観光の時に千円民宿を見付けておいたが、その手前に
個室1,300円の民宿があったので、ここに泊まることにした。
今年から始めたザックの汗対策。 百均で買った車のヘッドレスト
をザックにタイラップで止めたもの。 今の所、空気が背中を抜け
て快適である。 当然、高いザックは全てこの構造になっているの
だが、我が安いザックには空調の構造がなかった。
部屋は二畳半、布団、毛布有り、シャワーで汗を流し、
ロング缶2本を飲んでお寝むに入る。
”観音崎灯台”の前にある展望東屋。
シーサーが恐い顔で見張っていた。
素朴な ”観音崎灯台”を観光する。 古見岳へは予定より1日早く登ってしまったので、丸々一日のアイドル日が出来てしまった。 ガソリン代は高いし、観光はしたくないので1日早く帰りたいのであるが、安いチケットなので変更は利かない。仕方なく島内観光をもう一度してみる。
展望東屋から名蔵湾を挟んで ”屋良部岳”を見る。
山頂に特徴があり同定出来ている。
洞窟を抜けてみるとダイビングのエントリーに適した
場所に出た。 今回は海に入る気はまったく無い。
観音崎の下側に不気味な洞窟があり、屈んで抜けてみると・・・
八重山そばを食べたくて店を探すが、市街を外れると中々店が無い。
見付けた店に飛び込むと料理が出来ない爺さんしか居らずスタッフが
出勤するまで待たされる。 この爺さんと沖縄返還前の沖縄の話しになり、
パスポートがどうの、ドル札がどうのと話しをしていると意気投合して
シークワーサのジュース、ゴーヤのプリンとかをサービスで出してくれた。
八重山そばは特に美味いとは思わないが、さっぱりしているので
1日1回は食べたくなる。
御飯を付けて480円と安かった。
観光化された川平湾を避けて ”川平石崎”に向う。
とても良い所であるが、観光客は居なかった。
登った反対側の野底市街近くから見た ”野底岳”はとても
282mの山には見えず、これに登れるのが不思議でさえある。
野底集落側からの登山口を確認した。
島を廻り込んで ”玉取崎展望台”に着く。
海の綺麗さは天気に比例するので、今日は冴えない部類に入る。
玉取崎の西側に魅力的な山が聳えていた。 ”金武岳”(202m)と言うらしいが登山道がある
のなら今回の予定に組み込んでおけば良かった。 標高はたったの202mであるが海岸べりから
見る山容は立派で登り応えがある様に思えた。 全ては登山道があればの話しである。
更に島を廻り込んで、裏側から ”カラ岳”(136m)を見る。
草原の歩き易い山に見えるのだが、背の高いササで覆われており、縦走は相当困難だった。
新空港の埋め立て問題で大騒ぎになった ”白保海岸”を見物する。
潮干狩りには持って来いの遠浅の海岸であるが、リーフが遠く
どこまで行っても深くならないダイバー泣かせの海岸である。
今更ヒルギ林なんて見たくもないが、時間つぶしに寄ってみる。
ヒルギの気根は木肌の綺麗な物と思っていたが、
ここのヒルギは水質のせいなのか結構汚れていた。
バンナ公園の駐車場。
バンナ公園の駐車場。
バンナ公園の花壇。 今は大した花は咲いていない。
暇潰しで何回散策したことか。
バンナ公園事務所前のスライダー、つまり大きな滑り台。
内地では初夏にしか咲かない ”ジュランタ”が満開だった
のには驚いた。 当然、様々な花が咲いており、やはり
ブーゲンビリアが綺麗だった。 写真はハイビスカス。
バンダ公園散策路の吊り橋は現在工事中
であり通行止となっていた。
日程が少ないと思ったが
  山歩き一日目に二日間の予定の4山を一日で終わり、しかも島内観光もその日に済んでしなったので予定より一日余ってしまった。古見岳を一日早く登れたのは天気的に正解であったが、ガソリンの高い中、島内観光を再度するのが辛かった。(観光なんてしたくない)
魅力を失くした西表島
  46年前に西表島に上陸した時はパイナップル以外は何も無いのが、魅力的であり食べ物も売っていなかったので相棒と二人で海に潜り、食べ物を探したり、島民にパイナップルを貰って飢えをしのいだものだったが、現在、全てがマリンレジャーに傾き、テレビドラマの影響で観光化された今の西表島には何の魅力も感じなかった。
帰路のフライトで大ハプニング
  石垣空港を飛び立つ直前に雷雨と共に大雨となり、那覇からの飛行機が上空待機となり降りられない。1時間半送れて那覇に飛び立つが、当然、乗継の便は出発しており、新たに空席待ちとなる。結局3時間半待ちの最終神戸行き乗ることが出来たが、羽田、千歳の人は宿泊組みも居た様だ。
石垣港に無料の駐車地を見付けておいたが、レンタカーにキズ付を付けられる等の無用な
トラブルになるのも嫌なので、出航直前に有料駐車場(百円/時間)に車を移動させる。
石垣港始発便は7:10(\1,770) 40分で大原港に着く。
竹富島を廻り込む航路は昔と同じであるが、船速が圧倒的に早かった。
2013年03年17日 バンダ公園を今夜のの寝床にする。
1967年08月の川平湾風景 エメラルドグリーンが目に沁みた晴天であった。
1967年08月の石垣港 当時18歳、相棒17歳の高校生であった。
いしがきじま いりおもてじま
石垣島では沖縄県最高峰の ”於茂登岳”を始め、小さな山を4つ登った。
山登りと共に懐かしの海岸も訪ねてみた。
2024年12月7日改定