北海道夕張市高松
Road Map :道道38号線沿い、JR夕張駅から北側500mの地点。
Route Map:殆ど歩くことなく川沿いから滝見出来る。
『 北海道の滝 』 時間潰しで寄ってみた滝であったが、滝見する価値はなかった。
道北の釣りと旅のHPから
市街にあって栄橋から見え、滝の下まで行く事が出来る。市役所横の駐車場に車を停め、
駐車場出口より右に出て川沿いに坂を下ると赤い色をした栄橋へ入る。 橋の上から上流側を眺めた時、向かって右の川の奥に滝が見えます。 夏だと木が茂っていて全体が見えない。
駐車場の出入り口の正面に公園があり、その奥に川へと降りる階段が有るが、この滝が見える場所に寄るには川を少し遡行しないとなりません。
志幌加別川の滝
お巡りさんに直ぐ横に流れ落ちる滝名を聞いても知らなかったので適当に付けた滝名だと思う。一応は滝見する価値はあったと思う。
天龍の滝
滝見としては見る価値はまったく無かったが、お陰で廃墟となった巨大テーマパークの歴史を知ることになった。 廃墟となっても何時までも残すのは日本の悪い所だと思うが、撤去する費用も無かったのだろう。
その内、廃墟となった巨大テーマパークが観光地になるかも知れない。
夕張の滝群
今日は夕張市の有名な滝である ”千鳥ヶ滝”しか予定しておらず、夜7時のフライトまでは時間が余ってしまうので、適当に滝を探して時間潰しの滝見をすることにした。
ゆうばりのたきぐん
志幌加別川の滝
天龍の滝
志幌加別川の滝
道路上の橋から見ることが出来る。
天龍の滝(落差8m)
駐車所に着いて最初にドブ川から流れ落ちる小さな滝を見付けたが、まさかこれが”天龍の滝”とは思えず、廃墟となっていた広大な石炭の歴史村テーマパークを1時間程探し回るが見付からず、最初に見た貧相な滝が
”天龍の滝”だと判る。目的の時間潰しにはなった。
道北の釣りと旅のHPから
意外と身近な所で見る心なごませてくれる小さな滝。夕張石炭の歴史村の敷地内で天竜橋から50mほど上流に小さな支流が3段の滝となって志幌加別川に合流している。
最近少し人の手が加えられているがそれほど雰囲気は悪くはない。高さは8mくらいで正面から見られ視界を遮る障害物はない。駐車場は観光シーズンは有料の事が有るので、滝だけでなく歴史村の探検も同時にしてしまうのがお勧めですね。
Road Map :道道38号線沿い、JR夕張駅から北側の石炭の歴史村に向かう。
Route Map:石炭の歴史村の駐車場横に流れている。
”天龍の滝”は最初に見付けた駐車場の直ぐ横にあった。
右岸に廻り込み、お巡りさんに挨拶して警察署敷地内から滝見するが、
右岸の方が更に樹林が茂り、滝は目の前なのに殆ど見えなかった。
左岸から滝見出来る場所を探すが、どこからも樹林が邪魔をしていた。
この対岸に警察署があり、対岸からのビューポイントを探してみる。
左写真のズームアップ。
遠景となってしまったが、下流から滝見出来るポイントがあった。
赤い橋の左側に警察署がある。
更にズームアップする。 滝壺に行く手立てはあるらしいが、渡渉が必要とのことで割愛しておく。
”石炭の歴史村”に対してはまったく予備知識が無く、散策を始めて廃墟になっていることに気付く。 昔、夕張市の財政破綻をニュースで聞いたことがあるが、その時期に広大なテーマパークも破綻していたのだろうか?
カーナビにも出て来る ”石炭の歴史村”の駐車場に車を停める。
この駐車場右横に別の小さな川から志幌加別川に流れ落ちる小さな滝があったが、
まさかこれが ”天龍の滝”とは思えず周辺を探し回ることになる。
中は資料館になっていたと思われる作り物のD51。
滝を探している内に ”石炭の大露頭”に行き付いたので軽く観光をしておく。
メノウとかヒスイならまだしも、石炭の露頭なんて誰も見たくないわな!
周辺には観光炭鉱跡が沢山見られたが、現在は全て封鎖されていた。
土地は捨てる程に余っていたのか、テーマパークはやたら広く、展望台の向こうには広大なプール跡もあった。滝探しは何時しかテーマパークの廃墟散策となり、一番奥まで歩いて滝が無いことを確認してから引き返す。
この滝のことは書きたくないが、落差8mの段瀑である ”天龍の滝”
昔は滝名表示の看板が立っていたらしい。 源流は見ていないが滝水はドブの水であり、完全に名前負けしている。実際に見ると写真より貧相な滝であった。
探し回った挙句、最初に見た貧相な滝が ”天龍の滝”だったと判り、
改めて写真を撮っておく。
ウィキペディアから石炭の歴史村 (一部削除している)
1077年(昭和5252年)に当時の夕張市助役の中田鉄治が構想して「炭鉱から観光へ」をキャッチフレーズとして周囲を説得し、
事業が開始されることになったものであった。
1980年(昭和55年)7月に運営母体の第3セクター「石炭の歴史村観光」を設立して同月に一部施設が開園し、1983年(昭和58年)6月1日には遊園地なども含めて全面的に開園した。
炭鉱の立て坑を模したシンボルタワーや日本で唯1つの「模擬坑」のある「夕張市石炭博物館」を中心に、等身大の人形を用いて炭鉱住宅街の様子を再現した「炭鉱(やまの)生活館」や1888年(明治21年)に北海道庁技師の坂市太郎が発見した夕張炭鉱の原点である「石炭大露頭」などが園内に配置された。
大観覧車やジェットコースターなどがある遊園地「アドベンチャー・ファミリー」や2万本以上のバラが咲き乱れる「ローズガーデン」 なども併設されており、年間200万人の観光客招致を目指した夕張市の「炭鉱から観光へ」の象徴であった。
当園を運営する第3セクター「石炭の歴史村観光」は黒字とされており、自己破産を申請する直前の2006年(平成18年)3月期決算も同様であったが、夕張市から委託料を受け取って売上を夕張市へ入金する業務委託契約であったためで、2005年(平成17年)度の「石炭の歴史村観光」の売上高は約13.6億円で夕張市からの委託料26.5億円の約半分と実態は大幅な赤字であった。
そのため、2006年(平成18年)6月20日に夕張市長が「財政再建団体」申請を行うことを表明して夕張市が事実上倒産したことに伴い、「石炭の歴史村観光」の運営する施設は例年より早い10月15日から閉鎖されて冬季休業に入り、当時当園を運営していた夕張市の第3セクター「石炭の歴史村観光」は「今後は委託料など市からの収入が見込めないこと」から同年111月29日に札幌地方裁判所に自己破産を申請して破綻した。
'18年北海道の滝巡り